日本人の宗教心について
日本人の宗教心について
J・J日本塾塾長 亀田喜一
一般的日本人に「あなたの宗教は?」と聞くと「無宗教です」と答える人が多いが、多くの場合、神仏を全く信じていないわけでなくて、特定の宗教宗派に属さないという意味で言う場合が多いと思う。それが証拠に殆どの日本人は正月には神社にお参りし、お盆といえば故郷に帰り先祖を祀るし、葬式には仏式であれ何式であれ敬虔な思いで参列し、結婚式はキリスト教会で行い、車は神社でお祓いをしてもらう。そういうように、特定の宗教団体に属さずとも宗教行事に敬虔な心をもって参列している。これが現代の多くの日本人の宗教心だ。
私は今、縄文文化に興味を持ち、独学中であるが、約1万5千年前から始まる縄文時代の遺跡から推測して、かなり宗教的な面が窺われるということを知り、驚いている。どんな民族もそれぞれ、人間の力の及ばない出来事に対して何らかの不可思議な力の存在を覚え、お祭りをすることによって荒ぶる霊を鎮めたりした。縄文人とて同様であるが、特に死人の蘇りを信じ、祖先を大事にし、また、火や炎に神性を強く感じていたに違いない。それが、世界で最も早い土器の発明につながったものと思われる。
従来我々が教えられてきたのは、縄文時代の人々は日々、食糧を得るために毎日山野に獣を追いかけ、草木の実を拾い、川や海に魚類や海藻を求めるだけの生活だと教えられてきた。食糧を得るための日々の活動はそうだけれど、彼らの竪穴式住居や村の構造、そして土偶を含む縄文土器から見て、深い精神活動を行っていたであろうと推測される。土偶という、その時代からして世界に例のない、実用的でない焼き物が何の用をなしたかを考える事から始まるのである。
縄文人は全ての物に精霊が宿るという思想を持っていた。目に見えない「精霊」を何とか形に表そうとしたものが土偶であろうと言われる。ただ人を象った人形でないことは、土偶に頭や手足がなかったり、頭があっても目鼻がないことで窺われる。時代がくだって顔に目がつくようになってもその目が、エスキモーの日除けメガネのように大きな目の真ん中に横に細長い一本の線が描かれている。縄文後期になると、現代でも通用するような優れた女性像が作られているが、やはり頭部に顔がない。すなわち、土偶は人形ではなく、目に見えない精霊というものを何とか形に表し、これらを握って願い事をするとか、飾って拝むとかに用いられたと考えられる。
縄文遺跡の特長としてもう一つ顕著な事柄は、やや円形に配置された村の住居群の真ん中に墓地があることだ。その意味するところは、死んだ者は死んで終わりなのでなく、あの世で生き続け、今生きている者達の中心となっているという思想である。死者を大事にするというなら、なおさら生きている老人を大切に思わない訳がない。毎晩寝る前に囲炉裏を囲んで、若い者は年寄りの体験談や教訓に耳を傾けたに違いない。年寄りの経験談を聞くということは培われた文化の継承がなされるということだ。「動植物は採り過ぎると、翌年から採れなくなるから、気をつけないといけないよ」とか、「季節によってフグは毒を持つから注意しなさいよ」とか、そういう情報を上から下へ伝えたので文化が発達したのであろう。 竪穴式住居を一つ作るのにかなりの手間がかかったと思われるので、一箇所での定住期間は何ヶ月か何年かに及んだであろうと思われる。そういうこともあって老人は知恵の宝庫として重んじられたし、シャーマンという神がかった人がいたので、人々の宗教心は深いものがあった。そのように長年月培われてきた宗教心は、科学的な現代においても日本民族の魂に生き続けている。
2016.09.22更新
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